CROSSOVER BOOK | MAY 2023

心を動かすスポーツ SportsDocument CROSSOVER BOOK011

福士加代子

辞め時を探し続けた[元陸上競技選手]

アスリート人生に壁が立ち塞がったならば。それは自分が成長するチャンスが訪れたと言うことだ。

CROSSOVER BOOK11

福士 加代子

KAYOKO FUKUSHI

Special Interview


40歳を間近に控えた2022年1月30日。納得いくまで走り切り、アスリート人生に終止符を打った。
そんな福士加代子さんが、苦悩の先に手に入れたものとは。

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Special Interview KAYOKO FUKUSHI

翌年にリオデジャネイロオリンピックを控えた2015年3月。
福士加代子は突如、右足の激痛に襲われる。
前年の第5中足骨の疲労骨折から復帰して、わずか10日目のことだ。

まったく同じ箇所の骨折……。
足にボルトを入れる手術を決意し、33歳の誕生日は、病室で迎えた。

「リオには間に合うのかな?」

リオでマラソンを走り、現役生活の有終の美とする思いも抱いていた。アスリート人生最大のピンチが、福士に襲いかかる。

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Special Interview KAYOKO FUKUSHI

まるで挫折とは無縁であるかのような、弾ける笑顔でトラックを駆け抜ける――。
それが<トラックの女王>と呼ばれ、オリンピックに4大会連続で出場した鉄人ランナー・福士加代子に抱く印象ではないだろうか?
だが、いつも彼女の脳裏に駆け巡っていたのは、

現役引退のタイミング探し。

驚くことに高校卒業後、実業団チーム・ワコールに入ったころから、それは始まっていた。当初、チームの練習にまったくついていけず、すぐに地元・青森へ帰ろうとした福士。結局、高校陸上部時代の恩師・安田信昭氏になだめすかされ、ワコールに正式入社することになったのだが……。

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Special Interview KAYOKO FUKUSHI

「3年間、がんばります!」

最初の挨拶で、高らかに宣言してしまった。『3年間努力する』『3年だけ続ける』。いかようにも取れる言葉に、周囲は困惑したらしい。そして入社3年目の2002年、福士は3000mと5000m、2種目で当時の日本記録を更新した。彼女はこのとき、『これで陸上を辞める理由ができた』と安堵する。陸上競技でやれることは、すべてやったと感じていたのだ。あとは、この3年目を納得いく走りで終えるだけ。福士は本気だった。ところが、好事魔多し。12月の全日本実業団対抗女子駅伝で転倒し、左ひざ靭帯断裂の大ケガを負ってしまう。

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Special Interview KAYOKO FUKUSHI

数ヵ月後、宣言した3年を迎えたとき、福士はリハビリの真っ最中。、

「納得いかない、これじゃ終われない」

どこまでやれるか自信はなかったが、彼女は引退の期限を延長する。つまり、福士加代子のアスリート人生は、〈引退への目標設定〉〈挫折〉〈現役延長〉という、この連続で積み上げられていったのだ。再設定で、引退への目標としたアテネオリンピック10000mでは、27人中26位に終わり、精神的に自滅寸前まで追い込まれてしまう。このときも救ってくれたのは、高校陸上部時代の恩師・安田信昭氏の言葉だった。

『負けたことに負けるな』

福士は、再び現役続行を決意する。そしてこの繰り返しの中、北京、ロンドンと2大会続けてオリンピックに出場。次いでマラソンに転向して迎えた世界選手権では、銅メダルを獲得。それでもまだ納得のいく走りができていない彼女は、リオデジャネイロオリンピックを目標に定めたのである。だが2015年、2度目の骨折直後の福士は、到底前向きにはなれなかった。33歳、アスリートとしての先はそう長くない。なのにリオが遠ざかっていく。大事なリハビリもサボりがちになっていた。
そんな彼女を救ったのは、名優・高倉健が生前に通っていた京都の純喫茶<花の木>。リハビリから逃れ、コーヒーをすするひとときが、福士にさまざまな気づきを与えてくれた。常連客たちは福士を認識すると、無条件の声援を送ってくれる。チームやリハビリのスタッフからは、相次いで彼女を案ずる連絡。まだ終われない……、再び心に火がついた。

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Special Interview KAYOKO FUKUSHI

アスリートは独りで闘っているんじゃないと気づいたとき、

本物の強さを手に入れる。

実は2度目の骨折が癒えた直後、逆の左足を負傷してしまうのだが、
もはや無闇に焦ることはなかった。

ケガを乗り越えて出場したリオオリンピックで、
マラソンを走るコツと楽しさを覚えた福士は、
もう辞め時を探ることはしなくなった。

「何度も転んだけど、長い人生で見たら、
きっと悪いようには転んでないんです」


40歳を間近に控えた2022年1月30日。
納得いくまで走り切った彼女は、
アスリート人生のゴールテープを切った。

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福士 加代子

KAYOKO FUKUSHI

Profile


1982年3月25日生まれ。青森県北津軽郡板柳町出身。
五所川原工業高校で陸上を始め、2000年ワコールへ入社。2002年に3000mと5000mで当時の日
本新記録をマーク、10000mでも日本選手権6連覇を果たすなど「トラックの女王」と呼ばれた。
ハーフでは2006年に当時の日本新記録を樹立。2004年のアテネから2012年のロンドンまでオリ
ンピック3大会連続出場。2008年大阪国際でマラソンに初挑戦。2013年の世界選手権モスクワ大
会で銅メダル獲得。2016年のリオデジャネイロオリンピックにマラソンで出場し日本女子陸上選
手で初のオリンピック4大会連続出場を果たす。その他、数々の偉業を成し遂げながら日本女子
長距離界の第一人者として活躍。 2022年1月30日の大阪ハーフマラソンを最後に、第一線を退く。