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川澄 奈穂美
NAHOMI KAWASUMI
Special Interview
悲観することは一切ないという川澄奈穂美さん。
そんな彼女にも立ちはだかる人生の壁はあった。
いかに乗り越え、そこから何を得たのか?
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日本が歓喜の初優勝を果たした、2011年FIFAサッカー女子ワールドカップ。
ピッチでは点取り屋の川澄奈穂美が、圧倒的なスピードで躍動していた。
さかのぼること、2007年の初春。当時、日本体育大学4年生だった川澄は燃えていた。
これからの1年、苦楽を共にした仲間たちと最後のインカレを制し、大学日本一になりたい。
だが、練習試合での一瞬の魔の刻が川澄を襲う。
左膝前十字靭帯断裂、全治8カ月……。
ボールを蹴ることも許されない日々が始まり、大学日本一の夢が遠のく。川澄は当時を振り返っていう。
「思えば、
あのケガが最大のピンチというか、
壁だったんでしょうね」
『アスリート人生最大の壁とは?』
その質問に、しばらく考えてから、絞り出すように出てきた答えだった。
川澄奈穂美は、「超」がつくほどポジティブなプレーヤーだ。何がその身に降りかかっても、サッカーを続けたい自分がいる限り、
彼女が悲観的になることは
いっさいない。
生来の性格も影響しているのだろうが、あふれるサッカー愛がその源であることは明らかだ。中学に上がるころ、ジュニアクラブチームの名門≪日テレ メニーナ≫のセレクションに落ち、サッカーを続ける環境を失いかけたときでさえ、『何とかなるだろう』と日課の自主練を怠らなかった(実際、地元に新たなサッカーチームが結成され、何とかなった)。アスリートの宿命でもあるケガも、これまで何度も直面してきたが、『治して復帰すればいいだけのこと』だと意に返さない。ではなぜ、川澄は2007年の大ケガを、あえて壁だと表したのか?実はそこに、より高みでサッカーを続けていくための発見があったのだ。
病院で全治8カ月を告げられたとき、確かに川澄は表情を曇らせた。予想される過酷な治療に対してではない。その期間、サッカーができないことにのみ彼女は反応したのだ。だが、それも一瞬だけのこと。「治せばまたサッカーができるし、私のサッカー人生はこれからのほうがずっと長いから大丈夫だと思ってました。周りの人たちは心配してくれてましたけど」リハビリの担当医は、治療のスケジュールを組み立てるに当たって、川澄に二つの選択肢を提示する。一つは、最後のインカレに間に合うようにしたいか? もう一つは、その先のことを考えて回復を目指すか?川澄は即答したという。
「両方でお願いします」
それから8カ月の間、川澄は医師やトレーナーの指示を素直に聞き入れ、懸命にリ
ハビリに努めた。途中、心折れることも、サボることもなく……。「ケガのことは専門家に任せて、自分ができることを精いっぱいやれば、絶対ピッチに戻れると信じてましたし、大学同期の仲間たちの存在もモチベーションになりましたね」
最後の試合には、彼女たちとピッチに立っていたい。毎日、その光景をイメージしていた。「このときをきっかけに、意識の変化というか、自分の体についてしっかり考えるようになりました」それは、ケガをした後をどうするかではなく、
ケガをしないために
何をすべきか考えて行動すること。
「おかげであの後、プロに入ってからの(ケガによる)長期離脱は一度もないんですよ」
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すべてのアスリートが、壁やピンチをポジティブにとらえることは難しいだろう。
だが、川澄がそうであったように、その中にこそ成長のヒントが隠されている。
そこに気づけるかどうかが大事なのだ。
彼女はリハビリ時のイメージを具現化し、
大学最後の試合に、かけがえのない仲間たちとピッチに立った。
数年後、プロになった川澄は、
日体大の後輩が自身と同じ左膝前十字靭帯断裂のケガに苦しんでいることを知る。
彼女は即座に、自分が使ったリハビリ器具と共に、
自分の経験をメッセージにして送り届けた。
『時間をかけても、
治せばまたサッカーはできる。
だから大丈夫!』
川澄 奈穂美
NAHOMI KAWASUMI
Profile
1985年9月23日生まれ。神奈川県出身のサッカー選手。
2011FIFA 女子ワールドカップの優勝メンバー。小学生時代からサッカーを始め、日本体育大学からINAC 神戸レオネッサに入団。ストライカーとして2011年~2013年のなでしこリーグ3連覇に貢献。リーグでもMVPや得点王をはじめ、オールスターやベストイレブンにも選出されるなど日本女子サッカー界の主要選手となる。日本代表としてはW杯、ロンドンオリンピックに出場しチームとして国民栄誉賞を受賞。2014年より女子サッカーの本場、アメリカのNWSLに活躍の場を移し、2022年には日本人選手の最長となる8シーズン目を迎えるなど国内外で活躍を続けている。現在はアルビレックス新潟レディースに所属。