CROSSOVER BOOK | JUN 2024

心を動かすスポーツ SportsDocument CROSSOVER BOOK19

星野伸之

敗北からの再生[元プロ野球選手]

アスリート人生に壁が立ち塞がったならば。それは自分が成長するチャンスが訪れたと言うことだ。

CROSSOVER BOOK19

星野 伸之

NOBUYUKI HOSHINO

Special Interview


目の前に立ち塞がった、とてつもなく巨大な壁。
星野伸之さんは、いかにその壁を乗り越え、成功を掴んだのか。
独占インタビューでその内面に迫ります。

CROSSIOVER BOOK19

Special Interview NOBUYUKI HOSHINO

通算176勝、2041奪三振の輝かしい成績を残した、
プロ野球パリーグを代表するレジェンド左腕、星野伸之。
そのストレートは、130キロにも満たない。
だが、名だたるスラッガーたちのバットが面白いように空を切る。
野球の知識が薄い者は不思議に思っていた。

『なぜあんなに遅い球が打てないのか?』









その理由は、星野が武器の一つとしていた山なりのスローカーブにある。
球速は100キロにすら届かず、緩急の差で彼のストレートは体感150キロに達していたという。
そんな星野が、18年の現役生活で最も大きな壁にぶち当たったのは、
まだ昭和のころ、一軍定着を目指して遮二無二なっていた若手時代だった。

CROSSOVER BOOK019

Special Interview NOBUYUKI HOSHINO

ペナントレース、秋田で開催された近鉄バファローズ(後にオリックスバファローズに吸収)戦。阪急ブレーブス(現・オリックスバファローズ)の先発マウンドに立った星野は、いきなり初回、猛牛打線(当時の近鉄打者陣のニックネーム)につかまり、1アウトを取ったのみでノックアウトされてしまう。本来、この1試合だけならショックも薄かっただろう。ところが、次の登板機会となった西武ライオンズ戦でも、星野は1アウトを取ったのみでノックアウトされてしまったのだ。「よっぽど打たれない限り、3分の1回で交代なんてあり得ないんですよ。それが2試合続いたわけですから、あぁもう終わったなと」自分の球は1軍では通用しない、2軍に逆戻りだ……。星野はむしろそれを望んだ。絶望、恐怖心、さまざまな負の感情が彼の脳裏に渦巻く。

眼の前に立ち塞がった壁が、
とてつもなく巨大なものに見えた。

CROSSOVER BOOK019

Special Interview NOBUYUKI HOSHINO

結論を先にいってしまえば、星野がプロ野球人生最大の壁を乗り越えるには、多くの時間を必要とはしなかった。当時の上田利治監督や植村義信ピッチングコーチは間を置かず、星野に次の先発をいい渡したのだ。二人とも鬼籍に入った今、その真意を知ることはできないが、仲の良いチームメイトだった古溝克之氏は推測する。

「育てようという親心、
愛のムチ、だったと思いますね」


しかもそのころ、山田久志、佐藤義則といったチームのレジェンドピッチャーたちに引退の文字がちらつき始めていた。新たに軸となるピッチャーが渇望されていたのだ。

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Special Interview NOBUYUKI HOSHINO

無論、星野はそんな思惑を知る由もない。

「何でだよ! 2軍に落としてくれよ、というのが本音でした。投げたくなかった」そんな後ろ向きの思いがくみ取られるはずもなく、また首脳陣の決定に逆らえるはずもなく、星野はマウンドに立つ。もう開き直るしかなかった。愚直なまでにキャッチャーのサインどおり、キャッチャーミットの構えられた場所にボールを投げ込む。今、自分ができることを全力でやった結果、4失点するものの、打線の援護もあって勝利投手に!星野はこのときのことを、自分の持ち味を理解できた瞬間だったと振り返る。「キャッチャーのサインどおりに投げるには、1球1球丁寧なピッチングを意識しないとダメなんです。そもそも僕には、力でねじ伏せるようなピッチングはできないんですから」緩急をつけた丁寧な投球で、打者のタイミングをズラす―光明が見えた。

どん底状態からつかみ取った勝利。
この試合を境に、
星野の中に意識改革が起こる。


遅いボールを最大限に生かす投球術はもちろん、試合にベストの状態で臨むためのコンディション作りなど、1軍で戦い続けるための方法を常に思い、実行していったのだ。そして気づけば、11年連続2桁勝利。[最も遅い剛速球投手]星野伸之は覚醒した。

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Special Interview NOBUYUKI HOSHINO

アスリートがどん底に陥ることは、決して珍しいことではない。
だがこのとき、誰かの力を借りてでも、無理やり立ち上がることで見えるものは確かにある。
星野は、あの強行登板命令を振り返る。
「あれがなかったら、僕は2軍に逃げて、それっきりになったと思いますね、間違いなく」
そして、星野が150キロの速球を投げられなかったように、
才を持たざる者が生き残っていくためには何が必要なのかも、彼は示してくれた。

「どれほど考えても、 考えすぎることはありません。 そのうえで出た答えに、 自分自身が素直に従えるかどうかが大事なんです」



すぐに結果が出なければ、不安や迷いを覚えるだろう。
それでも未来を信じて継続した先に、栄光の道は開けていくのだ。

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星野 伸之

NOBUYUKI HOSHINO

Profile


1983年1月31日生まれ。北海道出身の元プロ野球選手。
旭川工業高校からドラフト5位で阪急ブレーブスに入団。プロ2年目の1985年にプロ初勝利をあ げる。1987年にはリーグ1位の6完封を記録し11勝を挙げる活躍。以降1997年まで11年連続 で2桁勝利を挙げ、1995年、96年のリーグ制覇にエースとして大きく貢献。オールスターゲーム にも7回出場。2000年に阪神タイガースに移籍し、2年連続で開幕投手を務めた。2002年に現役 を引退。通算勝利数は176勝、2000三振を奪っている。2010年から17年までオリックスで投手 コーチを務めた。2018年からは野球解説者として活動し、野球教室など普及にも務めている。