CROSSOVER BOOK | JUN 2024

心を動かすスポーツ SportsDocument CROSSOVER BOOK021

野口啓代

東京オリンピック2020[スポーツクライミング]

アスリート人生に壁が立ち塞がったならば。それは自分が成長するチャンスが訪れたと言うことだ。

CROSSOVER BOOK21

野口 啓代

AKIYO NOGUCHI

Special Interview


肉体的、精神的、いかなる壁であっても、アスリートはそれを乗り越えたとき、真の強さを手に入れる。
日本スポーツクライミング界の女王と呼ばれる野口啓代さんのアスリート人生に迫ります。

CROSSIOVER BOOK21

Special Interview AKIYO NOGUCHI

2016年のその日、東京オリンピック2020の公式競技として、スポーツクライミングの採用が決定した。
一報を耳にしたのは、当時すでに[日本スポーツクライミング界の女王]と呼ばれ、世界の第一線で戦っていた野口啓代。
早くも当然のように金メダル候補筆頭に挙げられるなど、俄に周辺が騒がしくなる。

だが……。

「あのとき、はっきり東京オリンピックを目指すとは
決めきれませんでした」



彼女は人知れず、競技人生最大の壁に行く手を阻まれていた。

CROSSOVER BOOK021

Special Interview Special Interview AKIYO NOGUCHIA

野口がスポーツクライミングと出会ったのは、小学5年生のころ。家族旅行先の
ゲームセンターにクライミングの施設があり、彼女はその虜(とりこ)となったのだ。すぐに地元つくば市のクライミングジムに通い始めると、秘めた才能が瞬く間に開花する。中学入学前に開催された全日本ユース選手権で、並みいる中高生の強豪を押し退け優勝の快挙!『天才少女現る!』と持てはやされた。その後も順調に成長を遂げ、数々の国内大会を制していく中で、
野口は必然的に世界へ照準を合わせる。

そして19歳となった2008年、フランスで開催されたボルダリング・ワールドカップで、日本スポーツクライミング女子史上初の優勝を果たす。さらに翌年の世界選手権では総合優勝をつかみ、クライミングと出会ってから10年足らずで、野口は世界の頂点に立ったのである。

CROSSOVER BOOK021

Special Interview AKIYO NOGUCHI

そんな中で迎えた、運命の2016年。野口は前年の2015年シーズンまで、2年連続でワールドカップ・ボルダリング年間女王に輝いていた。ところが、周囲の期待をよそに、彼女は東京オリンピックの舞台に立つイメージが湧かないまま、ひとり苦しんでいたのだ。いったい何が起こったのか?「前の年、2015年に競技人生初めての大きなケガをして、思うようなパフォーマンスができなくなっていたんです」コンディションが整わない焦りに加え、年齢的な不安も重なった。東京オリンピックのころには、野口は31歳。ケガが癒えても、力を維持できるかどうか……。

「不安や焦り・・・
葛藤する毎日でした」


この時期、急成長を遂げ、野口の女王の座を窺い始めていた野中生萌は8つ下。自分は4年後果たして、その若く自信に満ちた力と、伍して戦えるだろうか?「今思い出しても、アスリート人生で一番の試練でした」

CROSSOVER BOOK021

Special Interview AKIYO NOGUCHI

では、野口はいかにその試練を乗り越えたのだろうか?きっかけは無条件に自分に寄り添い、いつも近くで支えてくれた家族、そして温かく支援の手を差し伸べてくれる人々の存在だった。「言葉では言い尽くせない感謝の気持ちがあって……。自分にできることを考えたとき、オリンピックの舞台で最高のパフォーマンスをして、それを見せたいと強く感じたんです」

恩返し。
それが野口のモチベーションとなり、
彼女は再び前を向いた。

東京オリンピックまでの4年間、野口はケガのリハビリと、新たな試みとなるトレーニングに打ち込んだ。驚いたことにそれまでの野口は、独学でクライミングを実践していたという。

彼女の心身は、
ケガ以前の自分をも上回っていった。


事実、コロナ渦で東京オリンピックが1年延期となったとき、オリンピックで現役を終えるつもりだった野口は、焦ることなく現役続行を決断している。

CROSSOVER BOOK021

Special Interview AKIYO NOGUCHI

東京オリンピック2020(開催2021年)での結果はすでに承知のとおり、32歳の野口は銅メダルを獲得。
銀メダルの野中生萌と共に、表彰台で笑顔を輝かせた。
肉体的、精神的、いかなる壁であっても、アスリートはそれを乗り越えたとき、真の強さを手に入れる。

「あの経験は、私にとって挑戦することの面白さや素晴らしさ、
そしてあきらめないことの大切さを教えてくれました。
いつだって、あのとき頑張れたから大丈夫と思えるんです」

そう言って、野口啓代は5年間の記憶の旅を締めくくった。

CROSSOVER BOOK021

野口 啓代

AKIYO NOGUCHI

Profile


1989年5月30日生まれ。茨城県出身。小学5年生の時に家族旅行先のグアムでフリークライミングに出会う。 クライミングを初めてわずか1年で全日本ユースを制覇、その後数々の国内外の大会で輝かしい成績を残し、08年に日本人としてボルダリングワールドカップで初優勝、翌09年には年間総合優勝。更に10年、14年、15年と4度獲得し、ワールドカップ優勝も通算21勝を数える。 18年にはコンバインドジャパンカップ、アジア競技大会で金メダル。19年世界選手権で2位。自身の集大成、そして競技人生の最後の舞台となった東京2020大会では銅メダルを獲得。22年5月、自身の活動基盤となるAkiyo’s Companyを設立。今後はクライミングの普及に尽力しながら、「Mind Control」(8c+)、「The Mandara」(V12)を凌駕するような外岩の活動も積極的に行う。