

池江 璃花子
RIKAKO IKEE
Special Interview
瞬間、耳を疑ったファンが多かったはずだ。だからこそ、当の本人のショックがどれだけ大きかったかは想像に難くない。
それでも、水泳の申し子はあきらめなかった。目の前の目標を一つずつ。そして、彼女は華麗に水の舞台へと戻ってきた。
『今、私が抱えている病は……』
2019年2月12日、日本中が衝撃に包まれた。
1年半後の東京オリンピックでのメダル獲得が期待される、
競泳女子のエース・池江璃花子が、
自身の[急性リンパ性白血病]を公表したのだ。
たった一カ月前には、
オーストラリアでの強化合宿に意気揚々と旅立った18歳の少女が、
あまりに理不尽な現実の前に成す術もなくヒザをついていた。

[水泳の申し子]とは、池江のためにある言葉だったのではないだろうか。
幼少のころから、さしたる自覚もなく彼女は速かった。
しかも練習すれば、その分だけまた速くなる。
「厳しいトレーニングもありましたけど、ゲーム感覚でやれたので、楽しかったですね」
成績も同世代では群を抜いていたが、本人はあまり記憶がない。その才に、指導陣や仲間がザワついていたというのが正解かもしれない。そんな池江が明確な目標を抱いたのは中学3年生。この年の世界水泳でリレーメンバーに選出されるなど、世界の舞台が彼女の目の前に広がったことがきっかけといえるだろう。
「オリンピックに行きたい、
とにかく行きたいって思ったんです」

このころにはすでに、誰よりも練習しているという自負はあった。目標を抱いた後は、なおさら練習に熱が入る。
「オリンピックに行きたいっていう思いも、次第に『オリンピックで決勝に行きたい』って変わっていって……。だから、オリンピック自体には当たり前のように出場できる自分を作りたかったんです」
これ以降、池江の国内無双が始まる。18歳までに自由形とバタフライの短距離種目において、長水路(50mプール)、短水路(25mプール)合わせて11の日本記録を塗り替えた。そして、オリンピックは2016年のリオデジャネイロ大会にリレーメンバーとして出場。照準は、次の東京大会での個人種目出場とメダル獲得に定まった。
だがそこに、理不尽な運命が降りかかる。

東京オリンピックを1年半後に控えた2019年1月18日、池江はオーストラリアでの強化合宿に臨む。だが次第に体調不良に悩まされ、検査のため2月7日に緊急帰国。そして2月12日、衝撃の病が公表された。
「『これから治療です、抗がん剤が始まります』っていわれて……。でも、白血病がどこまで重い病気かということを知らなかったので、そこまで大きなショックというのはなかったです」
治療で治るもの、彼女はそう信じて疑わなかった。しかし現実は、オリンピックどころではない、水泳どころではない。後のTVのインタビューで彼女は語っている。
「今、生きていることが奇跡。
(病気は)人生そのものの
ターニングポイントでした」
その後の結果はすでに承知のとおり。2021年に延期された東京オリンピックにはリレーメンバーとして出場し、2024年のパリオリンピックには個人種目での出場を果たしている。だがそこに到るまでには、理不尽な運命を乗り越えるための葛藤もあった。
「病気の前の体力や泳ぎはもう戻ってこない。ないものはないんですよね。それをもどかしく思っている自分もいて、そういう自分と日々戦っている感じですね」
池江は病気以降、長期の目標を持たなくなった。1年1年を自分の中での勝負と定め、水に飛び込んだ。「その1年1年をクリアしていくことで、後悔のない水泳人生を送れるように頑張っていきたいと思っています」
アスリートは困難に置いて、いかに現状を受け入れ、
新たな自分を構築できるかが再浮上の鍵となる。
池江はパリオリンピック後の2024年9月25日、白血病の完全寛解を報告した。
「今は1年1年が本当に大事で、その1年の試合や世界で戦っていけるかの確認を更新していく感じでやっています」
その積み重ねの先に、2028年ロサンゼルスオリンピックがあることを、池江は心の片隅に置きながら、目の前のやるべきことに向き合っている。
池江 璃花子
RIKAKO IKEE

Profile
2000年7月4日生まれ、東京都江戸川区出身。3歳で水泳を始め、5歳で自由形・背泳ぎ・バタフライ・平泳ぎの4泳法すべてで50mを泳げるようになった水泳の申し子。高校1年生で出場したリオオリンピックでは日本人選手最多の7種目への出場を果たし、2017年日本選手権では女子史上初となる5冠。翌年のアジア大会では史上初となる6冠を達成した(大会最優秀選手)。2019年2月より白血病の治療が始まったが、同年12月に退院。東京オリンピックでは3種目に出場、女子4×100mメドレーリレーでは決勝に進出した。2024年パリオリンピックでは3種目に出場し、混合4×100mメドレーリレー、女子4×100mメドレーリレーで決勝に進出。2024年9月25日、急性リンパ性白血病の完全寛解を発表した。