CROSSOVER BOOK | SEP 2022

心を動かすスポーツ SportsDocument CROSSOVER BOOK005

髙橋礼華

魔のジャカルタ世界選手権[バドミントン元日本代表]

アスリート人生に壁が立ち塞がったならば。それは自分が成長するチャンスが訪れたと言うことだ。

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髙橋 礼華

AYAKA TAKAHASHI

Special Interview


「金メダルを獲る人は元々凄い人だからと思われがちですけど、そこまでに苦しい経験も
多くて、簡単にメダリストになったわけじゃないってことを知ってほしいんです」
そう語る髙橋礼華さんが乗り越えた、挫折から成功までの裏側に迫ります。

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Special Interview AYAKA TAKAHASHI

ー リオデジャネイロオリンピック前年の2015年。

インドネシアのジャカルタで開催された、バドミントン世界選手権。
女子ダブルス、髙橋礼華と松友美左紀、タカマツペアは第3ラウンド(ベスト16)が終了したコートで、呆然と立ち尽くしていた。優勝候補筆頭として期待され、自らも期待していた大舞台。マレーシアペアにフルセットの末に敗北……。タカマツペアはこれまで数々の国際大会を制し、2014年の秋には世界ランキング1位に君臨した。この世界選手権で自信を確固たるものにして、リオオリンピックで頂点を極める。そんな青写真が脆くも崩れ去ったのである。(なぜ勝てなかったのか……)

試合後のコーチたちの声も耳に入らず、
髙橋礼華は敗北の理由を探していた。
しかし答えは見つからない。


ほんの少し前までハッキリ見えていた、リオデジャネイロオリンピックへ続く栄光の道。そこに今、途方もなく大きな壁が立ち塞がっていた。

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Special Interview AYAKA TAKAHASHI

世界選手権での敗北は、想像以上に尾を引いた。タカマツペアは国際試合での優勝経験豊富で、世界ランキングも1位。だが、この世界選手権や全英オープンなど、世界最高峰の試合で優勝したことはない。

「自信の2文字が、
喉から手が出るほど欲しかった」


後に髙橋礼華は、この時の心境をそう語っている。目標としていたリオデジャネイロオリンピックを前に、焦りばかりが先に立つ。その後のスケジュールをこなしながらも、大舞台に弱い自分たちへの不安が消えることはなかった。

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Special Interview AYAKA TAKAHASHI

髙橋礼華が、その巨大な壁を打破するきっかけは、パートナーの松友美左紀の存在に他ならない。2人は同じ高校の先輩後輩としてペアを組んだのが最初だが、その出会いは小学生時代にまで遡る。家族よりも長く月日を共にし、誰よりもお互いを知る間柄だ。2人は余人を介さず、敗北の理由と、これからの自分たちについて話し合った。この時、コーチには一切相談しなかったという。信頼していないわけではない。むしろその逆で、強くしてもらった恩義は生涯のものだと思っている。だがこの時はなぜか……。「自分たちだけで考えたかったというか、そうすべきだと、そうじゃなきゃダメなんだと本能的に感じたんです」毎日のように、2人だけでとことん腹を割って話し合う。そしてある日、敗北した試合を分析する中で、2人は気づく。

「これ、
私たちのバドミントンじゃない」

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Special Interview AYAKA TAKAHASI

世界ランキング1位の立場がそうさせたのだろうか? 大舞台で確実に勝利を得たいがための、どこか消極的な受け身のプレー。他の優勝試合で、アグレシッブに戦っている姿とは雲泥の差だった。

「他所行きのプレーで勝てるほど
甘い世界じゃなかったんですよ」


どの大会でも、等しく自分たちのプレーを出し尽くして戦うこと――レベルが上がれば上がるほど見落とされがちな姿勢、そこに思い至ったタカマツペアから迷いは消え、再び彼女たちのプレーに生気が蘇る。自分自身を信じて、夢のために技と心をとことん磨き抜く。立ちはだかっていた壁は、いつの間にか消え失せていた。

監督やコーチ、指導者のアドバイスは貴重であり、アスリートを強くする源のひとつであることは間違いない。だが、ある一線を越え、大輪の花を咲かせるには、アスリート自身が思考し、決断し、そして実行に移す気概が必要不可欠なのだ。2016年、どの試合でも自分たちのプレーを貫くタカマツペアは、国内外でほぼ無敵を誇り、ワールドツアー最高峰の全英オープンで初優勝、そしてあのリオデジャネイロオリンピックで歓喜の金メダル獲得を成し遂げたのである。

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Special Interview AYAKA TAKAHASHI

「金メダルを獲る人は元々凄い人だからと思われがちですけど、そこまでに苦しい経験も多くて、簡単にメダリストになったわけじゃないってことを知ってほしいんです」髙橋礼華は現役引退後、世界の壁に抗った経験を後進に伝えるべく、全国でのバドミントン教室や、U‐19日本代表コーチ、また自身の冠である【髙橋礼華ドリームカップ】を開催している。

「夢を叶えたいと思ったから、
腐らずに最後までやり抜くことができた。
その大切さを子供たちや、
今プレーで伸び悩んでいる人に
伝えていきたいと思っています」

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髙橋 礼華

AYAKA TAKAHASHI

Profile


1990年4月19日生まれ、奈良県橿原市出身。
母の影響で6歳からバドミントンを始める。
中学から親元を離れ、聖ウルスラ学院英智中学校へ入学。
高校時代に1学年後輩の松友美佐紀選手とダブルスのペアを組む。
インターハイでは団体、ダブルスでの2冠を達成。
2009年に日本ユニシスへ入社し、引き続き松友選手とのダブルスで実績を積み上げ、
YONEXオープン優勝、BWFスーパーシリーズファイナルズ優勝。
2016年のリオデジャネイロ五輪では日本のバドミントン史上初の五輪金メダル獲得。
2020年8月に現役引退。現在はU19日本代表コーチ、講習会など後進の育成に力を注ぐ。